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【D】再就職・ミュンヘン移住

長らくの無職期間を経て、再就職が決定致しました。そしてなんと、ドイツ南部の、バイエルン州・ミュンヘンに引越すこととなりました。 ミュンヘンは学生時代に初めてドイツ旅行をして以降、ずっと憧れを持っていた大好きな街でした。旅行や以前勤めていた会社での出張で訪れる度に漠然と「この街に住みたいな」と思ったことは数知れず。 まさか実際に住むことになるなんて!夢のようです。 就職活動の際に、色々な会社を応募する際に「ドイツ語レヴェル」を証明することをよく求められました。ドイツ語レヴェルB2以上でないと雇いたくないという会社が多いようでした。僕の場合は、一応C1レヴェルの授業は全て終了しており、決して低いレヴェルだと思われるような語学レヴェルではないはずなのですが、公式な資格試験としてはB1レヴェルの合格証書しか持っておらず、毎度「あなたの語学力をチェックさせてもらいます」などと言われました。B2レヴェル以上の資格を持っていないとそもそも仕事のご紹介を受けられなかったり、応募資格がないとされることもありました。就職に影響するなら、ということで先日受験を致しました。 僕の語学力に関して、色々と日系企業の日本人たちに色々と悔しいことを言われましたが、ミュンヘンにあるドイツ人経営のとある会社から内定を頂けました。面接は全てドイツ人社長とドイツ語で行われました。資格試験の結果をもらう前に、そして驚くことに面接中に労働契約書を頂け、かなりスムーズに入社が決定したのでした。 B2レヴェルの試験結果は、取り急ぎ不要とはなりましたが、一応自分がこれまで語学の勉強を頑張りましたという記念にはなりますね。 ところで、予定していた入社日をいきなり早めて欲しいと会社から連絡が入りました。再就職までの間、国外在住の友人が遊びに来てくれていたタイミングでもあったので、一緒に小旅行を楽しんでいたところでした。友人が帰るタイミングとも合致していましたし、自分自身長い無職期間があり、お金も結構使ってしまっており、早く社会復帰して稼げるようになりたいという気持ちもあり、了承しました。 新しく住むアパートが決まっていない状態で、取り急ぎ生活が出来そうな物を詰めたスーツケース1つを持ち、ミュンヘンへと旅立ちました。 今日からしばらく格安ホステル暮らしです。「ホテル」ではなく、「ホステル」です。2段ベッドが数個並んであるような共同部屋「ドミトリー」暮らしです。ホテル暮らしはかなり高額になるので、当面は格安ホステルにて暮らしながら、新しい仕事、アパート探しを始めます。 少し旅行や出張で来たことがある程度で、大した土地勘もなく、親しい友人もいない街での新生活とはなりますが、憧れの街での生活ということで、不安よりも楽しさや期待が勝っている状況です。 今日からミュンヘンで、僕の新たな人生の章が幕開けです。

【Z】転職&キプロス移住

前記事では、僕の簡単な自己紹介と、僕がドイツに移住するまでの話を紹介致しました。憧れの国・ドイツでの生活を楽しんでおりましたが、突然のハプニングがあり、キプロスに移住することとなりました。 今回は、キプロス移住・移住後の生活について書きます。 ドイツの某日系企業で勤務しており、大プロジェクトに参加していたのですが、2018年9月、プロジェクト終了後にいきなり解雇されるということになってしまいました。ドイツ国内で仕事を探しましたが、希望の職種がなく、悶々としておりましたところ、人材紹介会社の求人で「金融系・未経験者応募可能」というものを見つけ、応募しました。 正直「キプロス」という国は、国名だけなんとなく聞いたことはあったのですが、大して知りませんでした。調べたところ、常夏の小さな島で、リゾート地としてヨーロッパ人たちの間で人気の島国のようでした。 3ヵ月間のインターンシップ募集とのことだったので、リゾート地でのんびりしながら新しい業界について学べるという、結構気軽な感じで応募してしまいましたが、日本語スタッフ募集ということでありがたいことに採用をいただけました。 キプロスという国はとにかく謎過ぎました(笑)以下は、僕が事前に調べた情報&住み始めて分かったことです。 キプロス共和国 英語ではCyprus(サイプラス) ドイツ語ではZypern(ツィパン) 首都はレフコジア(英語ではニコシア) 国の領土・首都が分断されている。 ギリシャ系とトルコ系の民族が存在し、トルコ系民族の居住地が「通称・北キプロス」である。 「通称・北キプロス」は、トルコ以外からは承認されていない国家である。 通貨はユーロ(一部地域はトルコリラ)である。 イギリス軍駐在、一部イギリス領土がある。 公用語はギリシャ語、英語、一部トルコ語 ヨーロッパ内の税の回避地(いわゆる「オフショア」「タックスヘイヴン」) ヨーロッパと言うよりもむしろ中東! 暑過ぎる! 冬の雨量が異常!…

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【D】ヨーロッパ就職活動の始まり

海外で仕事がしたい!と思いながらも、どうやれば良いのか、また一歩踏み出せずにいる方はたくさんいらっしゃるかと思います。 今回は、自分自身の経験をもとに、ドイツでの仕事との出会いについて書きます。   僕は日本にいた頃、憧れていたドイツにどうしても行きたくて、大学を卒業した後、新卒枠で某ヨーロッパ系の外資系企業に入社をしました。この会社がかなり曲者で、僕の人生の「黒歴史」の一部となるわけですが、1年も経たないうちにヨーロッパへの夢が打ちひしがれました。 外資系企業というと、なんだか海外への近道のような気がしなくもなさそうですが、実際にはそうではありません。日本に進出している外資系企業は「日本での」事業開拓を目的としているので、自分自身が海外で働ける可能性が低いのです。 海外拠点を持つ日系企業の方が、海外で働くチャンスは大きいと思われます。若い頃(就職活動をしていた頃)の僕には、そんな発想は全くありませんでした。かなりの世間知らずでした。   日系企業で「駐在員(出向社員)として」海外勤務になるということは難しく、大体の場合は会社内で「エリート」に昇り詰める必要があるでしょう。大半は自分の意思によらない海外転勤で、さらに期間が不確定です。最初に「だいたい3年くらい」などと示されて赴任なさるそうなのですが、当初言われていた年数より長くなったり短くなったりも当然あるそうです。いきなり異国の地で意味がよく分からないまま、これまでと畑違いの仕事をしたり、その土地に慣れて来て快適に生活が回り出した頃に日本帰還命令が出たり、他の国への異動命令が出たりで、色々苦労されたり、思うように行かないのが常です。   僕の場合は「なんとなく海外」ではなく、行きたい国が明確でした。大学時代に旅行して憧れた「ドイツ」の一択でした!長く住みたかったので短期間限定のものではなく、現地に生活をして働ける会社を探しました。 ドイツで長く暮らせそうな会社ということで、最初にルフトハンザドイツ航空(LH)に目を付けました。 外資系エアラインの客室乗務員は、男性も積極的に採用しているし、ドイツに住みながら仕事で日本にも行けて、なんて素敵な仕事だろうと妄想していました。 しかし、僕は英語がそんなに堪能なわけでもなく、「ドイツが大好き」と言う割には、当時の自分の語学能力はドイツ語検定3級レヴェルで、大したものではありませんでした。さらに後に知ったのは、ルフトハンザドイツ航空は毎年日本人を募集しておらず、2~3年に1度くらいの募集で、毎度かなり高い競争率だということでした。僕は過去に1度だけ受験し、奇跡的に書類審査は通りましたが、1次面接で敗退致しましたorz   某外資系企業を辞め(と言うか実はいきなりのクビだったんですが!)、エアライン受験に専念すべく、無職になりながらも、英会話教室や某エアラインスクールに通いました。ルフトハンザドイツ航空のフライトアテンダントを目指すも、各エアラインの募集時期は不定期で、先行きが見えませんでした。当時東京で一人暮らしをしていたため、生活費の問題もあり、あまり無職期間を延ばすわけには行きませんでしたので、当時かなり勢いのあった某大手旅行代理店に就職をしました。 その会社にはドイツ拠点があり、積極的に海外勤務を目指す社員を応援するという素晴らしい社風で、「いつか自分も!」と思い、頑張って勤めました。   結局、僕がドイツに辿り着いた最終的なきっかけは、その旅行代理店で勤務中、カウンターにてとあるお客様の接客対応をしていたときです。僕が「ドイツで働きたい!それが人生の大きな目標なんです!」と言ったところ、お客様が「あなたみたいな人は是非海外に出るべき!直接履歴書を郵送するなりメールするなりして応募してみなさいな!」と言ってくださり、ドイツ内の会社を数社、ご紹介くださいました。そのお客様がヨーロッパ出張に行かれる際に関係のある会社のようでした。海外の求人サイトも教えてくださったのです。   「そうか!直接応募すれば良いのか!」…