昨日、僕のYoutubeチャンネルにとある動画を投稿致しました。今回は、その動画について書きます。

個人的な闇深い部分について話している部分もあるのですが、基本的には前向きな話をしているものです。

今年2021年、僕のヨーロッパ生活は10周年を迎えました。何か世間から賞賛されるような特別なことを成し遂げたわけではないのですが、ただただヨーロッパ生活を楽しんでいただけなのですが、自分の中では特別な達成感を感じることが出来ました。

昨年末にキプロスにて失職をし、そしてそれを機に日本に行き、久々に日本で両親とゆっくり時間を過ごしました。現在も両親が住む家には、僕が小学3年生から大学卒業までを過ごした部屋がほとんど変わらない状態であります。両親は僕が使っていた部屋にはほとんど来ることがなく、勝手に物を捨てるなどということはしません。なので、親元を離れて一人暮らしをするようになってから訪れても、基本的に部屋の中に変化はほとんどありません。

「要らないものは捨てなさいね」と母から言われ、一番最初に母から渡されたものは、学生時代の通知簿でした。当時の成績と担任教師だった人たちからのコメントをサッと読んだら、学生時代の記憶が少し蘇りました。そして、「将来への自分へ」と記した手紙の存在を思い出しました。10年後にこの手紙を見ることがあるのか、でももしその頃まだ元気に生きていたら…との思いで書いたものでしたが、すっかり存在も忘れ、約20年経過してしまっていたのでした。

当時の僕にとって、あまりにも人生がつまらな過ぎて、生きている意味を感じられず、毎日ほとんど遺書のような日記を書いていました。15~17歳頃というのは、世間一般的に言う「青春時代」です。しかし、周囲となじめず、担任や担当教師たちからは基本的には僕のことはほぼ全否定、同級生たちからは受け入れられず、僕にとっては本当に行き地獄のような日々でした。

今改めて冷静に思い返してみても、決してフェアではない状況だったと思っていますし、どうして自分が標的になり、長い間苦しんだのかという思いがあります。しかしながら同時に、あれだけ自分の人生に悲観し、いつでも死んでやろうと思っていた自分が、いかにして「人生を楽しもう」と思うように変化したのかは興味が湧きました。昔の僕が書き残した日記や手紙には、少しずつ変わっていく姿を見つけることが出来ました。

今の状況がどんなに辛いと思っていても、いずれその状況は終わります。人気の歌の歌詞にも「開けない夜はない」「止まない雨はない」などという表現がよく使われているように、人の心にも同じことが起こるのです。辛いことがずっと続くことはありません。状況は変化し、どんな嫌なことも「終わりの瞬間」が訪れます。その「終わり」の瞬間に、呪縛から解放されて、楽しい方向へ方向転換して行けるか、「終わり」と認識せず、もしくは出来ずにずっと悩み続け、自分が前向きになるチャンスを逃し続けるのかで人生が変わります。

生きていると、絶えず何かを「選択」しなければなりません。その度に「人生の転機」が実は訪れているのです。それ自体は些細なことでも、その後の大きな転機となり得るのです。自分の殻の中で蹲って小さくなっているうちは、本来見えるはずの視野が大幅に狭まってしまっています。

僕にとっての最初の大きな転機は、日本人以外の友人たちが出来たことでした。自分とは異なる環境や価値観を持つ人たちとの話に感銘を受け、どんどん「海外への憧れ」が強くなって行ったのです。漠然と「海外と言えばアメリカ」と思っていて、ハリウッド映画やアメリカのホームドラマ、洋楽に興味を持つようになり、それからは

アメリカに行ってみたい!

アメリカに留学してみたい!

少しで良いからアメリカで暮らしてみたい!

と思うようになるのでした。

ただ、ずっと少年時代から「鉄道の運転手になりたい」もしくは「駅員さんになりたい」と思っていたこともあり、高校時代は大学進学は考えず、高校卒業後は鉄道系の会社で働く気でいました。

希望の会社・職種の面接試験に進むことが出来たのですが、なんと不合格でした。ずっとなりたかった夢が打ち砕かれ、絶望しました。しかし本当になりたければ、大学4年とりあえず頑張って「大卒枠で」またチャレンジすれば良いと親からも、良くしてくださっていた先生からも言っていただけ、急遽大学受験をしました。大学には元々行くつもりがなく、コースが違っていたので「必修科目」の関係で受けられる大学も限られたのですが、何となく実家から通える私立大学には合格出来ました。

正直、別に行きたい大学でもなかったし、自分のせいで高額な入学金、学費の掛かる私立大学に行くことになり、両親への申し訳なさも入学前まではあったのですが…。大学時代は面白い思い出でいっぱい過ぎて、今も両親には感謝しかありません。自分が思う通りの道に進めなかったことが「人生の失敗ではない」と思えた大きな出来事です。

大学でドイツ好きの先生たちにお会いし、ドイツ語の授業を受け、さらに大学のとある先生にお誘い頂いたドイツ旅行に出掛けてから、一気にドイツファンになるのでした。

「海外」と言えばアメリカ!というイメージでしたが、いつの間にかアメリカや英語学習への情熱は自然消滅し、自然とドイツ魅かれるように、導かれるように…今も情熱は当時のそのまま、もしくはそれ以上でドイツ生活を楽しんでいます。

結局、「楽しいと思えること」「頑張りたいこと」「人に何と言われようが絶対にこうしたいと思えること」が見つかって、それに向かって一心不乱に突き進んでいたら、悩みごとは消えていました。どの瞬間、どうやって消えたのかも思い出せないほど、いつの間にかきれいに消えるものです。

学生時代にずっと苦手だと思っていた人、「許せない!」と恨めしく思っていた人の存在さえ、きれいに忘れることが出来ます。毎日を、その人と全く関係のない世界で楽しく生きていたら、もはや過去はどうでも良くなり、「その過去から幸せな今がある」と思えるようになります。どんな辛かった出来事も時が癒してくれると感じられます。

時々日本に行って「あいつドイツに行ったんだって⁈スゴイな!」と同級生やら知り合いの誰かが言っている話を聞くと、いつの間にか「スゴイ人」に変化している自分に驚きます。ただ楽しく過ごしているだけで、何もスゴイと言われることはしていないのに、です。

少年時代の僕は、「10年後の自分へ」と、きっともうその頃の自分はこの世にいないかもしれない、この手紙を読むことはないかもしれないと思いながらも、絶望しながらも「こんな人生を送れていたら素敵だろうな」と、キラキラした未来の姿を描きました。

その当時からちょうど10年後の頃は、ドイツ生活を始めたばかりで、まだ不安を抱えていた頃でしたが、さらにそれから10年経った今はまたさらに状況や心境は変わっています。

今の僕から、当時の僕へ、自信を持って言えることは、

「これまで生きて来れて良かった」

ということです。

ちょっと恥ずかしいエピソードではありますが、このYoutube動画を公開した理由は、1人でも多くの人の心の支えになれたら、という思いからです。誰にだって、人生は楽しく生きることが出来るものです。

僕にとってはたまたまドイツでしたが、きっと今思い悩んでいるそれぞれの人が「自分らしく生きられる場所」があります。まだその場所に出会っていなければ、その場所を探す人生の旅に出掛けてみると良いかもしれません。

僕はと言いますとドイツ暮らしを8年、その後当時の仕事に行き詰り、ひょんなことからキプロスに移住したり、そしてまたドイツに戻って来たりということを経験しました。改めてドイツに戻って来て、「あ、やっぱりこの国に戻って来れて改めて幸せだな」と思えました。

僕の人生はなかなか波瀾万丈です。今後Youtubeチャンネルや当ブログにて、1人でも多くの方に「ふふっ」と笑っていただけるよう、これからももっともっと、色々な景色を見たり、様々な人々と出会って、人生を楽しんで行きますね。

今後ともどうぞ「小石のつぶやき」をよろしくお願い致します。

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Von Koishi